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2010年2月の記事

2010年2月 3日 (水)

「米英型世界観」からの意識転換を図れ

米国の新しい金融規制案が世界に波紋を広げています。大まかにいえば、銀行によるリスクの高い投資を制限するとともに、金融機関の過剰な規模拡大に歯止めをかけようとするものです。いわば世界を席巻してきたアメリカ型金融モデルを根底から否定するような内容で、フランスのサルコジ大統領なども強い支持を表明しています。

リーマンショック以降、世界ではアメリカ、イギリスといったアングロサクソン型の経済モデルからの脱却を図ろうとする流れが定着してきました。本来日本が強みとしていた、長期志向・リスク抑制型経済モデルへの回帰とも見て取れます。

こうした揺り戻しは、歴史的に繰り返してきたことでもあります。

1970年代から80年代にかけて、アメリカ、イギリスの経済は低迷を続けていました。このとき破竹の勢いだったのは日本やドイツ。日本型の長期雇用や生産管理、メインバンクシステムなどが強さの秘訣とされ、世界中のビジネスマンはこれを一生懸命学ぼうとしていました。

その後日本がバブル崩壊に見舞われ長い低迷期に入ると、今度はアメリカ式の市場型金融モデル、成果主義人事、流動的雇用システムなどが学ぶべきシステムとみなされるようになりました。

このように、今回の米国金融規制に見られるような「揺り戻し」は、その時々にパフォーマンスをあげているシステムがあたかも絶対的に正しいかのようにみなされて、世界中がこぞってそのシステムを模倣しようとするものの、しばらくたってみるとその弊害ばかりが目立つようになり、今度は皆で逆の方向を目指すようになる、という歴史の繰り返しにすぎません。

この歴史の糾える縄の中で今度順番が回ってきたのが、日本が歴史的に強みとしてきたタイプの経済システムです。しかし気をつけなければならないのは、これまで米英システムが強みを発揮してきた時代を過ごす間に日本自身も変化を遂げている、ということです。

日本でも米英型イコール進歩的、という価値観が染み付き、これまで懸命に制度の輸入を進めてきました。頭を切り替えて、この慣性を断ち切る必要があります。

これはなにも経済のことだけではありません。政治システムも同じです。過去十数年日本が目指してきた二大政党制は、典型的な米英システムで、アングロサクソン国家以外ではほぼ見られない特異なシステムだと再認識すべきです。アメリカなどの二大政党制をとる国々は、高すぎる民主主義のコストや、社会の分断といった深刻な弊害に悩まされています。これを目指すことが進歩的であるかの呪縛から逃れ、柔軟な頭で政治システムを見つめ直すべきです。

世界の潮流の変化を見過ごして、既に否定的評価を下された制度を追いかけることで、「遅れてきた負け組」になってはなりません。そのためには、内向きにならず広く世界に向けて目を見開くこと、目先の浮利を追わず長い時間軸で物事をとらえること、そして自らの社会の特質をよく見極めることによって、浮ついたはやり廃りの論調に振り回されないようにすることではないでしょうか。

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